2018年8月21日 (火)

白岩孝一氏、「徳一を語る」

「ふくしま本の森」の“会津の歴史と文化を楽しむ講座”、
白岩孝一先生の「徳一を語る」の第3回です。
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第1回、第2回は参加できなかったので、今回はぜひ参加したいと思います。


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2018年7月30日 (月)

慧日寺の薬師如来が甦る

“仏都会津”の中心と目される、磐梯町の史跡慧日寺跡の整備事業として、2008年に金堂が復元され、ひき続き中門や石敷広場も復元されました。
金堂が復元されても、ご本尊の薬師如来が勝常寺薬師如来の写真をお借りしている状態だったので、もうひとつの感は否めませんでした。
このたび、約3年をかけ、東京藝術大学大学院の藪内佐斗司教授の研究室によって制作された薬師如来坐像が完成、7月30日から一般公開となりました。(当日は無料でしたが、通常は金堂他の史跡・資料館共で大人500円)
姿は仏様なのですが、公共のものという制約から「史跡慧日寺跡金堂内復元展示物」ということになります。
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大同2年(807)の慧日寺創建時に、脇侍の日光・月光菩薩像などと共に丈六の薬師如来像が置かれたことが、「縁起」をはじめとする江戸時代の諸資料、古くは平安時代の『弘法大師行状集記』(1089年撰)に記されています。
以来、薬師如来は慧日寺信仰の中心となってきましたが、いく度も焼失、再建、焼失・・・という大波を乗り越えてきたのです。

1024年に「慧日寺堂宇が炎上」との伝承がありますが、これについてはよくわかりません。
1350年に「大寺薬師安座」(大寺は慧日寺の別称)との記事が『会津旧事雑考』に見え(『異本塔寺長帳』には「会津恵日寺薬師堂再興」と)、何らかの異変があった薬師像が再建されたものと思われます。
1418年には慧日寺の諸堂が全焼し、薬師像も焼けましたが左手と薬壺だけ残り、これをもとに薬師像を修復しました。
1589年には伊達政宗が会津に進攻し慧日寺も焼かれたが、検校(住職?)の玄弘が防いで金堂だけは残ったと伝わります。薬師像も無事だったのでしょう。

江戸時代に入って、「縁起」によれば1625年(『会津旧事雑考』では1626年)に火災にあい、薬師像の薬壺だけ残りました。領主交替などの曲折があって、薬師堂他が復興されたのは明暦年中(1655-58)になったようです。本尊の薬師像はこの時に再興されましたが、後に壊れて修理がなされ、両脇侍他の諸像も完成して盛大に開眼供養が行われたのは1714年のことでした。

廃仏毀釈の嵐が吹き荒れた明治の初め、
1872年に薬師堂が焼失、焼け残った薬師仏頭を大寺能満寺に移すも、1879年に能満寺が焼けて薬師仏頭も失われました。

それから約140年、1200年余の歴史を受け継いできた慧日寺の薬師如来が、ようやく甦ったのです。
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2018年7月27日 (金)

「本の森」で郷土資料の整理

一昨日と今日、「本の森」で郷土資料の整理をしてきました。
そして、郷土資料リストを3つ更新し、
新たに「東日本大震災・福島原発事故関連」のリストをUPしました。
「本の森」のホームページ上からダウンロード(Word文書)できますので、
訪れてみてください。
http://hon-mori.d.dooo.jp/a003.html
たくさんの方々のご協力で、かなり充実してきています。
(つくりつけ本棚も1つ増えました)
ご利用いただければ幸いです。


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2018年1月 2日 (火)

謹賀新年

Moji314s

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2017年11月10日 (金)

「本の森」で〈ぶらり歴史歩き〉

「ふくしま本の森」の〈会津の歴史と文化を楽しむ講座〉です。参加費は無料!!
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