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2008年8月 2日 (土)

田中玄宰翁200年墓前祭

田中玄宰(はるなか)は、天明から寛政にかけて、危機にひんしていた藩政の立て直しに尽力した会津藩の家老です。
玄宰は、疲弊した農村の復興をはかり、養蚕、薬用人参、漆器、陶器、酒造などの産業を奨励し(会津の伝統産業の礎を築いた)、軍制改革や教育改革(このとき誕生したのが白虎隊で有名な藩校日新館)も進めました。

玄宰が文化5年(1808年)8月7日に亡くなってから200年。「田中玄宰翁200年墓前祭」が、きょう8月2日、小田山の墓前で執り行われました。
Bozensai

会津の伝統産業にかかわる会津若松酒造協同組合、会津漆器協同組合、そして私も参加しているNPO法人「はるなか」などが、実行委員会を構成しました。

神職の祝詞奏上に続いて実行委員長の新城酒造協同組合理事長が祭文を読み上げ、全員が玉串奉奠の後、菅家会津若松市長、高木会津若松商工会議所顧問が「追悼のことば」を述べました。

田中玄宰翁の偉業をしのび、それぞれの立場で会津の振興に努力してゆくことを誓ったのでした。

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コメント

玄宰は会津の大功労者にもかかわらず知名度が小さいと思います。私は日新館に行ってその名と偉業を知りました。NPOのさらなる活動を陰ながら応援します

投稿: F | 2008年8月 3日 (日) 09時45分

どうもありがとうございます。
私もNPOに参加するまで知りませんでしたが、玄宰は多方面で会津の礎を築く仕事をされたのですね。

投稿: 住人 | 2008年8月 3日 (日) 23時31分

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