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2008年8月

2008年8月23日 (土)

白虎隊の日

今日は「白虎隊の日」だそうです。

慶応4(1868)年閏8月23日、戊辰戦争で戸ノ口原で戦っていた白虎隊の少年たちが、お城で最後の戦いをと飯盛山まで戻りましたが、お城の方向に火の手があがるのを見て落城と思い、自刃したのです。140年前のことでした。

数日前に撮影した戸ノ口原古戦場の写真を載せておきます。
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2008年8月21日 (木)

明治浪漫と大正風雅

猪苗代湖北西の長浜の背後に広がる丘陵地の木立の中に、明治の香りを伝える洋風建築「天鏡閣」と、大正時代に和風建築の粋を集めて建てられた「旧高松宮翁島別邸(福島県迎賓館)」が佇んでいます。いずれも国指定重要文化財です。

きょう8月21日は「福島県民の日」(明治9年8月21日に旧福島県、磐前県、若松県の3県が合併して現福島県の形ができた)で、天鏡閣の無料開放と迎賓館の特別公開が行われました。

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天鏡閣は、明治41(1908)年8月竣工ですから、ちょうど100周年になります。
前年、東北旅行でこの地を訪れた有栖川宮威仁親王が、その風景の美しさに感動し、別邸を建築することになったそうです。新築間もない9月に訪れた皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)が、李白の句「明湖落天鏡」にちなんで「天鏡閣」と命名されました。

昭和27年に別邸を引き継がれていた高松宮宣仁親王から福島県に下賜され、昭和54年には国の重要文化財に指定され、修復工事をへて昭和57年から一般公開されています(通常は大人350円)。

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1階は食堂、客間、撞球室などの接客の場、2階は寝室、居間などのプライベートな場となっており、それぞれの部屋ごとに意匠がこらされています。(写真は客間)

天鏡閣についての詳細は、福島県観光物産交流協会 総務部ホームページ内の「天鏡閣」をご覧ください。

迎賓館(旧高松宮翁島別邸)は、大正11(1922)年に高松宮宣仁親王が有栖川宮親王妃慰子殿下の保養のために建設した、木造平屋の純日本風の建物です。
昭和27年に天鏡閣と共に高松宮宣仁親王から福島県に下賜され、県の迎賓館として使われてきました。
現在、通常は庭園のみ公開されており(5月1日~11月3日)、期間限定で特別公開が実施されます。

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建物は居間棟、玄関棟、台所棟の3つから成っています。(写真は玄関棟)

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特別公開では、国民宿舎翁島荘の方が、詳しく、楽しく、説明してくださいました。
来客用の「松の間」(写真上)、内居間としての「梅の間」(写真下)は、書院作りの「真の座敷」という格式高いものとのこと。

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「竹の間」は茶室です。

大正時代の建築ですが、総体に江戸時代の上層貴族や上層武士の住宅の姿を伝えているそうです。
貴重な銘木をふんだんに用い、造作にも技術の粋が尽くされています。

迎賓館についての詳細は、福島県観光物産交流協会 総務部ホームページ内の「福島県迎賓館」をご覧ください。

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2008年8月18日 (月)

猪苗代の花

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サギソウ(鷺草)です。〔クリックで大きな写真が表示されます〕
猪苗代町蟹沢地区の湿地帯を尋ね歩いてようやく見つけました。(2008.8.18)

サギソウは、“猪苗代町の花”なのです。

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2008年8月16日 (土)

東山温泉の盆踊り

エイヤー、会津磐梯山は宝の山よ。
この季節は会津の各地も盆踊りで賑わいます。
東山温泉の盆踊りは昔から有名ですね。
「行かざなるまい」とは「会津磐梯山」の歌詞にもあるので…。

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東山温泉の盆踊りは、8月13日から18日まで。日ごとに協賛の企業やテーマがあります。
15日は「幸楽苑の夕べ(会津若松市民と踊ろう)」でした。

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2008年8月10日 (日)

夏の絵ろうそくまつり&…

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「会津夏の絵ろうそくまつり」「小原庄助酒まつり&はるなかまつり」が、8月9日(土)午後6時から、鶴ヶ城をメイン会場に開かれました。

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オープニング・セレモニー。

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特別協賛の福島大学付属小学校の生徒たちによる「絵ろうそく」。点火式です。

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ステージでは午後6時30分からナスカ(会津といったらこの人たちですよね)のライブ。本丸の広場では「冷やガーデンパーティ」が盛り上がり、会津のうまいものや特産品などの出店も賑わっています。

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利き酒コンテストもありました。8人が満点ということで、さすがは…。

なぜ「絵ろうそく」と「酒」なのか?
その接点は田中玄宰(はるなか)です。
会津藩の寛政の改革を推進した名家老。漆器、陶器、絵ろうそく、酒造など、会津の伝統産業の礎を築きました。
亡くなって200年ということで、今年は「はるなかまつり」も併せて行われたのです。

私も参加しているNPO法人「はるなか」もブースを出して、「桜の里親」募集や、会津漆器、絵ろうそく、会津木綿などの展示販売をしました。
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午後8時10分からは再びナスカとプロデューサーの飯盛正徳氏が登場。

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祭りのフィナーレは、やっぱりこれですね。午後8時30分から花火が打ち上げられました。

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2008年8月 8日 (金)

ボランティア草刈り

きょうは磐梯町シルバー人材センターのボランティア草刈りに参加しました。
総勢26名。二手に分かれて、慧日寺の復元成った金堂の周辺と磐梯山慧日寺資料館の草刈りをしました。

私は資料館の班でした。
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慧日寺を訪ねてきてくださる皆さんが、気持ちよく見物できるといいですね。

資料館の敷地内に「龍ヶ沢湧水」が引水されていて、
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おいしい水をふんだんに飲みながら作業することができました。

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2008年8月 6日 (水)

「冬木沢詣り」と空也念仏踊り

会津若松市河東町冬木沢の八葉寺は、康保元年(964年)に空也上人によって創建されたと伝わる古刹です。
八葉寺は「会津高野山」とも呼ばれ、会津地方では(特に新仏のある家庭は)、お盆を前に(8月1日~7日)精霊をお迎えに行く「冬木沢詣り」という習わしがあります。これは国の重要無形文化財に指定されています。

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中央の建物が阿弥陀堂(国指定重要文化財)。左手が空也堂。右手階段の上に奥之院がある。

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空也堂の空也上人像。寺伝では、八葉寺で極楽往生したとされている。

毎年8月5日には、空也念仏踊りが奉納されます。
念仏踊りは空也上人が始めたとされ、13世紀には一遍上人も出て、全国に広まりました。八葉寺ではいつのころからか途絶えていましたが、大正時代に東京神田や横浜の人々による念仏踊りの会「空也光勝会」有志が訪れて奉納、再興への地元の熱意が認められて伝授されたものが現在に続いています。空也念仏踊りの古い形式を残しており、県の重要無形民俗文化財に指定されています。

通常は空也堂前で奉納されますが、今年は朝から雨が降っていたため、少し離れた本坊で奉納されました(28年ぶりとのこと)。
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2008年8月 4日 (月)

本郷せと市(会津の焼きもの その5)

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「本郷せと市」は、毎年、8月第一日曜日に開かれます。今年は8月3日でした。

午前4時から始まります。まだ暗くて、品物がよく見えません。
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出店が並ぶ通りを行ったり来たりするうちに…
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しだいに明るくなってきました。それにしても人もいっぱい。
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おなじみの本郷焼の窯元(写真は「酔月窯」)はもちろんながら、
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各地の焼きものが存在をアピールしていました。(写真は「自然窯」)
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会津工業高校セラミック化学科の生徒たちは「鶴翔窯」のお店を。
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本郷中学校の生徒たちも負けじと、「せと市魂」のお店を出していました。
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2008年8月 2日 (土)

田中玄宰翁200年墓前祭

田中玄宰(はるなか)は、天明から寛政にかけて、危機にひんしていた藩政の立て直しに尽力した会津藩の家老です。
玄宰は、疲弊した農村の復興をはかり、養蚕、薬用人参、漆器、陶器、酒造などの産業を奨励し(会津の伝統産業の礎を築いた)、軍制改革や教育改革(このとき誕生したのが白虎隊で有名な藩校日新館)も進めました。

玄宰が文化5年(1808年)8月7日に亡くなってから200年。「田中玄宰翁200年墓前祭」が、きょう8月2日、小田山の墓前で執り行われました。
Bozensai

会津の伝統産業にかかわる会津若松酒造協同組合、会津漆器協同組合、そして私も参加しているNPO法人「はるなか」などが、実行委員会を構成しました。

神職の祝詞奏上に続いて実行委員長の新城酒造協同組合理事長が祭文を読み上げ、全員が玉串奉奠の後、菅家会津若松市長、高木会津若松商工会議所顧問が「追悼のことば」を述べました。

田中玄宰翁の偉業をしのび、それぞれの立場で会津の振興に努力してゆくことを誓ったのでした。

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