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2009年1月15日 (木)

歴史を秘めた風景

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喜多方市塩川町と猪苗代町を結ぶ県道の、磐梯町から猪苗代町に入る少し手前に、こんな風景があります。(2009.1.14撮影)

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鳥居に近づいて磐梯山と。

磐梯山を祀っているような感じがしますが、そうではありません。
鳥居の額には「佐良志奈神社」とあり、数百メートル先の林の中に社殿があります。

ネットで調べてみると、佐良志奈神社の本宮は長野県千曲市にあるようですが、この地にいつ、なぜ祀られるようになったのかはわかりませんでした。
神社がある磨上(すりあげ)地区は、『新編会津風土記』(1809年)によれば寛永2年(1625年)に開かれたとのことなので、その時かもしれません。

このあたり(磐梯町東部)の大字は「更科」となっていて(私が住む更科団地もその1地区)、この神社に由来する地名だと思われます。

磐梯町から猪苗代町にかけての磐梯山山麓一帯は「磨上原」(摺上原)と呼ばれ、中世の会津を治めてきた蘆名(芦名)氏と会津に進攻した伊達氏(政宗)がここで一大決戦を繰り広げました。天正17年(1589年)のことです。

戦(このとき慧日寺も灰燼に帰した)に勝利した政宗は黒川(会津若松)に入ったものの、翌年には秀吉によって会津を追われ、蒲生氏郷が会津に入ることになります。氏郷死後のお家騒動で蒲生は宇都宮へ移され(1598年)、その後に直江兼続を伴って会津に入ったのが上杉景勝でした。
関ヶ原で家康が勝利すると、敵対した上杉は米沢のみに減封され、再蒲生、加藤をへて、保科正之が会津に入ることになります。
中世から近世へ、大きく変転する時代の中で、会津の舞台にも目まぐるしい動きがありました。

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