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2009年6月 6日 (土)

笹の花

笹の花を初めて見ました。
それはそうですよね。笹の花が咲くのは60年~70年に1回とか。
「笹に黄金が成り下がる~」と、民謡「会津磐梯山」に唄われています。

Sasanohana0906a
Sasanohana0906b

磐梯山の西方、厩嶽山(うまやさん)の登山口のあたりでした。
今日は21日(日)に行われる厩嶽山祭りの準備で草刈りに行ったのですが、実行委員会の仲間から教えてもらいました。

同じく実行委員の理科の先生によれば、笹は通常は地下茎で増えるけれども子孫ではないので長い間には問題が起こる、それで花を咲かせ種で子孫を残そうとするのだと思われるとのこと。

花が咲くと笹は枯れてしまうとか、笹の花が咲いた年は凶作とか天変地異が起こるといったことも聞きます。笹の実を食べて飢えをしのいだという話もありますね。
めずらしいことだから、いろいろ結びつけられたりするのでしょうが、悪いことは起こってほしくありません。

ネットで調べてみると、5年ほど前から各地で目撃情報があるようです。
「異常気象のせいじゃないの」という妻の説も、1つの要素かもしれません。

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コメント

siconでお世話になっております、ikuです。
これが笹の花ですか~!!
比較的地味な花なんですね。

そして♪会津磐梯山♪の「笹に黄金が…」の黄金とは、このことだったんですね!?
勉強になりました~。

投稿: iku | 2009年6月 7日 (日) 12時19分

ikuさん、こんにちわ。
私もこんな花とは知りませんでしたが、見れるのは一生に一度でしょうか。
民謡「会津磐梯山」には「今年や豊年 穂に穂が咲いて 道の小草も 米がなる」との歌詞もありますから、笹にまで米が実っていると見立てたのではないでしょうか。

投稿: 住人 | 2009年6月 8日 (月) 08時42分

笹や竹の木に花が咲く年は凶作と昔から言いますね。 それも100年に一回かその位と聞きました。 凶作であって欲しくないですけど、古人が残した生活の知恵や経験はいつの時代にもそれなりの真実性が或るのでは。 世界経済も100年に一度の不況、そして最近の北朝鮮の核実験や挑発的な言動、中国の軍事力の増強そして麻生首相と自民党政権の行き詰まり、今年は日本も国際情勢も将来のROAD MAPを占う年になりそうです。古里、磐梯山の笹の花はその予言をしているようですね、住人さん。

投稿: aizucowboy | 2009年6月 9日 (火) 02時45分

たしかにイヤなことが続いていますね。
笹の花が咲くのは吉兆という言い伝えもあるようですから、そちらを信じましょう。

投稿: 住人 | 2009年6月 9日 (火) 09時24分

 笹の開花は実際毎年ある。でも、正確な記録は多くない様な・・・。それは、開花が3年、5年時に十年以上に渡るので最後まで観察する物好きが少ないからかな。
 笹の結実は最大で3割ほどしかなく、これが原因のねずみの増加は多分ない。実際、1ha当たりの実の量を概算で計算すると30キロほどで、ブナが豊作の時の250~750キロに比べると十分の一に過ぎない。林業の関係の雑誌に笹の開花とねずみの関係を調べたものがあったけど、無関係と結論していたような気がする。
 笹の実を食べる。そこにいくまでの労力を考えると・・・割に合わないかも。飢饉で食べ物がないとかでない限り、刈り取って食べようとは思わないだろう。飢饉の助けになったとはそういう事なのかもしれない。実際に助かるのは、たまたま近くにあった村だけだろうけど。
 過去の飢饉などはよく見ると人災と言う面がある。執政者からすると自分のせいにされたら困るので天変地異おきたい。竹や笹の開花枯死のせいにするのは具合が良かったのだと思う。

投稿: 笹の観察人 | 2009年6月26日 (金) 14時34分

一般に言われていることは、かなりいいかげんなことなのですね。
花が咲いたのだから、実も見てみたいと思っていますが、最大で3割ということなら、見れるかどうか。
花が咲いたら、すべて枯れてしまうということでもないのでしょうね。

投稿: 住人 | 2009年6月26日 (金) 16時49分

地震きましたもんね〜、人間より、自然のものは自然がよく知ってるんですね。

投稿: 阿賀野川 | 2011年5月22日 (日) 22時42分

笹の花を見たのは2年前でした。
自然の脅威と向き合いながら、いにしえ人は様々な言い伝えを残しました。
地震・津波は数百年に1度の天災だったとしても、原発は人災だとしか言いようがありません。
400年前、会津では死者3700人余という大地震がありました。飢饉に備えた米倉を各地に設けるなど、名君とうたわれる会津藩祖・保科正之が生まれたのもこの年です。

投稿: 住人 | 2011年5月23日 (月) 21時30分

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