カテゴリー「会津の歴史」の記事

2016年5月15日 (日)

本の森→亀ヶ森

今日は、「ふくしま本の森」で、“会津大好き”松本館長の「会津〈楽〉講座」第1弾!「亀ヶ森古墳フィールドワーク」に参加してきました。

「本の森」がある会津坂下町には、会津の長い歴史が刻まれた遺跡や古墳がたくさんあります。
中でも「亀ヶ森古墳」は、東北で2番目の大きさの前方後円墳です(全長127m)。
お隣りには前方後方墳の「鎮守森古墳」もあります。
ここは館長の地元でもあり、第1弾には最適でしょう。
五月晴れのもと、いにしえの会津に想いをはせる楽しい時間をもつことができました。
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陶芸人さんが作られた「古墳はし置き」のプレゼントもありました。
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2016年4月11日 (月)

会津一早い山開き

4月10日(日)、会津坂下町にある(「ふくしま本の森」の近くです)高寺山の山開きに参加してきました。
会津で一番早い山開きだそうです。

高寺山は、西暦540年(いわゆる仏教公伝-538年、552年などの説がある-の頃)、中国(梁)から仏像を携えて渡ってきた青岩という僧が山頂に庵を結んだという伝承のある山です。

あちこちに山桜が咲いていました。
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途中には僧坊跡と伝わる場所も。
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標高401.6mの山頂までは約1時間。
山頂には、4世紀のものと推定される前方後円墳(全長48m)がありました。
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下りは、カタクリの群生地の中を。
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下山後は、坂下名物の桜肉がたっぷり入った「さくら汁」をいただき、
お土産までいただきました。 (参加費は500円)
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2016年4月 9日 (土)

「本の森」の桜も開花しました

今日は「ふくしま本の森」へ。
4月から土曜日の当番になっています。

「本の森」の桜も開花宣言です。
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郷土資料もどんどん増えてきています。
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リスト(Word文書)を《ホームページ》からダウンロードできるようにしました。

基本的には館内での利用になりますが、 複数あるものなど一部は貸出ししています。
コピー機も設置しました。
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一緒に学び、語りあいましょう。
ご利用をお待ちしています。


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2016年3月 6日 (日)

会津ファンのサロンをめざして

今日は「ふくしま本の森」のボランティアに行ってきました。

郷土資料の部屋を設けようという計画に、多くの方の賛同をいただいて、貴重な資料がたくさん集まりつつあります。
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分類してリストに載せるのが間に合わないぐらい。

現在は段ボール箱に入った他の分野の本と同居ですが、本棚を増やし、テーブルも置けるようにし、コピー機も設置しようと…
隣の部屋はブック・カフェになる予定だし、会津ファンが集うサロンにしたいと考えています。
春からは月1回程度、“会津大好き”松本館長による、「会津を楽しむ講座」(外へも飛び出して)を開催する計画も。

「ふくしま本の森」のご近所には、

立木観音で有名な恵隆寺
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会津史の重要史料「塔寺八幡宮長帳」を残す心清水八幡神社
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など、見どころもいっぱいです。


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2012年7月15日 (日)

7月15日は…

きょう7月15日は、124年前の1888年(明治21年)に磐梯山が大噴火した日です。
水蒸気爆発によって、北側にあった小磐梯は崩壊、U字型の大火口が生じました。爆風と大量の土砂が甚大な被害をもたらし、477人の命を奪いました。
また、土砂で川がせき止められ、裏磐梯の湖沼群が誕生した(湖底に沈んだ集落も)のでした。
本日、猪苗代町の西勝寺で「噴火殉難者供養祭」が行われます(15:00~17:00)。

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磐梯山北側の大火口。(2006.6.2撮影)

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今朝の磐梯山。小雨に煙っています。(磐梯町更科団地付近から)

磐梯山噴火から11年後の1899年(明治32年)7月15日には、岩越鉄道(現在の磐越西線)が会津若松まで開通しました。磐梯町駅(当時は大寺駅)が開業したのもこの日です。

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2010年9月14日 (火)

磐梯町の史跡を学ぶ

今日は「磐梯山の歴史と慧日寺」という講座があって行ってきました。ジオパークガイド養成講座の第3回なのですが、誰でも参加できるとのことだったので、地元・磐梯町の歴史を勉強しようと。

まずは磐梯山慧日寺資料館で、今日の講師の白岩賢一郎学芸員による講義です。

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磐梯山と慧日寺を中心にした会津のパノラマの前では、徳一はなぜここに慧日寺を開いたのか?、郡役所や勝常寺との関係、山岳信仰(修験道)との関係などについて説明していただきました。

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史跡慧日寺のパネルの前では、史跡の全体像、調査や整備の進捗状況などについて説明していただきました。

次は金堂、中門などが復元された中心伽藍地区に場所を移し、発掘調査で判明したこと、復元工事で留意したことなどを詳しく説明しながら、案内していただきました。
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徳一廟では、特別に覆堂の扉を開けて中まで入れていただきました。

午後は、1キロほど山の方へ入った龍ヶ沢湧水へ、歩いて。
日本名水100選に選ばれた磐梯西山麓湧水群の代表的存在です。
慧日寺によって雨乞いの儀式が行われた場所だそうですが、にわかに掻き曇り、雷鳴がとどろき…。
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次は磐梯町西部の陣ノ山舘跡へ。伊達政宗が摺上原の戦いののち黒川城に入るまでの短期間に滞在した陣跡。縄文の遺跡でもあり、城氏の舘跡との言い伝えもあるそうです。
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町指定史跡なのですが、草が生い茂り…。

最後は磐梯山ゴールドライン手前の源橋地区にある不動滝(蛇追ヶ滝)。
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磐梯山・吾妻山への修験道ルートの修行場の1つだったそうです。

今日は、磐梯町に住んでいながら今まで知らなかったことを、たくさん学ぶことができました。

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2010年3月27日 (土)

整備進む史跡慧日寺

会津仏教文化発祥の地として1200年余の歴史を伝える磐梯町の史跡「慧日寺跡」。一昨年に金堂、昨年は中門が復元され、多くのお客様をお迎えしましたが、冬季間(12月~3月)はお休みでした。4月1日(木)からの再公開を前に、周辺整備の工事が急ピッチで進められています。
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芝生や池などが配置され、ゆったりとした空間になりそうです。

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中門から金堂の前にかけて敷き詰められていた石も復元。

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休憩所・トイレも設けられます。

近くにある磐梯山慧日寺資料館も同じく4月1日(木)から再開館となります。
入場料(資料館と共通)は、一般・大学生:500円、高校生:400円、小・中学生:300円です。

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2009年11月12日 (木)

猪苗代は歴史の宝庫

昨日は、裏磐梯エコツーリズム協会主催の「伝保人と歩く 猪苗代歴史探訪」(裏磐梯エコツーリズムカレッジの一環)に参加してきました。

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まずは猪苗代町ふるさと歴史館(旧公民館)で、講師の五十嵐定信氏(いなわしろ伝保人会代表)による講義がありました。
猪苗代湖畔に人類の歴史がしるされた3万年前、信仰の山・磐梯山をめぐる古代からの変遷、中世から近世までの会津の歴代領主たちと猪苗代氏の関係、中世の城(鶴峯城)と近世の城(亀ヶ城)、戊辰戦争と猪苗代、野口英世の足跡、沼尻硫黄鉱山と軽便鉄道、と時代を追って本日の見どころを中心に。

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実地の歴史探訪は最初に亀ヶ城。
亀ヶ城は中世に猪苗代氏によって磐梯山に連なる丘陵に築かれた平山城ですが、会津藩の支城だった近世を通じて手が入れられているため、石垣も積み上げただけの野面石積からより緻密な石積まで3種類のものが見られます。講義で聞いた様々な種類の門があった場所を確認したりしながら本丸へ登り、北方に会津藩祖・保科正之を祀る土津(はにつ)神社を展望し(この城には土津神社を守る役割があった)、伊達政宗が摺上原を望んだという隅櫓の跡などを見て回りました。

亀ヶ城の北西にもう1つ丘陵があり鶴峯城というのがあったことを、今回初めて知りました。猪苗代盛国が隠居所として築き、その後は使われていないので中世の城の面影が残っているそうですが、雨だったので登るのは省略となりました。
午前中は歩いて町内の史跡をめぐる予定だったのが、バスで移動しながら所々降りて見学するという形になりました。

盛国が鶴峯城から移り住んだ館があった場所や、吾妻山信仰の拠点だった成就院跡、磐梯山の神社である磐椅(いわはし)神社の鳥居跡などを車窓から見ながら西円寺へ。ここには戊辰戦争の「母成峠の戦い」の戦死者の墓(新政府の目を盗んで埋葬した)があり、傍らに土佐藩士の墓もあります。また、磐梯山噴火の犠牲者の墓もあって、毎年7月15日に供養祭が行われます。

西勝寺に寄り、次は天司の欅へ。
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幹周が15mのケヤキ種として日本一の巨木だそうで、隠れキリシタン信仰の地と伝わります。横を南北に走る通りのところに亀ヶ城の1番東側の土塁と堀があったそうです。

十八間蔵は車窓から。商店街の角に残る旧二本松街道の道標を見学。
大手門跡からは歩いて野口英世が通った猪苗代尋常高等小学校跡へ。英世の恩師・小林栄先生が作った私立学校「猪苗代日新館」(英世が支援)も近くにあったそうです。

ここまでで午前の部を終了してふるさと歴史館に戻り、昼食後には歴史館のスタッフが展示(民具類、発掘品、文化財紹介など)を案内してくださいました。

午後はバスで郊外の史跡めぐり。
まずは西へ向かい、伊達と芦名の決戦が繰り広げられた摺上原(三忠碑、旧二本松街道一里塚があるが今回は寄らず)を通って土田(はにた)集落へ。
磐梯山東の長瀬川から引水し、土津神社前を通り、摺上原を横切って土田へと、延々12kmに及ぶ土田堰の終点が、ここにあるのです。保科正之が遺言によって土津神社に祀られた際、家老の友松勘十郎が、末永く神社を維持していくため、この地まで用水を引いて土田新田村を開いたのだそうです。友松を祀った忠彦神社が集落内にあります。
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【左】土田堰終点(先は一般河川に)  【右】忠彦神社
近くにある義経伝説の「弁慶の硯石」、源翁ゆかりの殺生石にも寄りました。

この後は東へ転じ、野口記念館前を通り、猪苗代湖北東岸の小平潟(こびらかた)天満宮へ。日本三大天満宮の1つとされています。
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ここは室町時代後期に全国的に活躍した連歌師の猪苗代兼載ゆかりの地であり、ボーイスカウト発祥の地(第1回野営大会が開かれた)でもあります。

次に壷下の麓山神社と会津の「おんば様」信仰の1中心である関脇優婆夷堂(せきわきうばいどう)を見学しました。
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(写真は関脇優婆夷堂)

六地蔵の横を通り、沼尻軽便鉄道の起点であった川桁駅前へ。「高原列車は行く」の歌詞が刻まれた記念碑があります。

猪苗代氏の最初の城といわれる八手山城跡の山を望みながらバスは進み(軽便鉄道の白津駅跡も通る)、猪苗代最後の城主・猪苗代盛胤の墓で行程は終了となりました。

隣り町ながら初めて知ることが多く、猪苗代にこれだけ豊かな歴史があったのかと、驚きの一日でした。

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2009年5月 9日 (土)

『会津若松市史』完結!

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「日本初の本格ビジュアル市史」をうたった『会津若松市史』全25巻(20巻が2冊に分かれているので全26冊)が、1月に発行された第10巻(歴史編10)、このほど発行された第20-2巻(文化編7)と第25巻(民俗編5)をもって完結しました。会津若松市が1999年の市制百周年を記念して編纂・刊行に取り組み、10年にわたって順次刊行してきました。

歴史編10冊、自然編3冊、文化編8冊、民俗編5冊で構成され、A4より幅が広い大きな紙面にカラー写真をふんだんに使い、内容も充実していて、まさに「本格ビジュアル市史」。各巻定価1000円(税込) という手ごろな価格で提供されています。

各巻のタイトルは次のとおりです。
《歴史編》
1(歴史編1)あいづのあけぼの -石器から古墳の時代へ-
2(歴史編2)会津、古代そして中世 -会津嶺の国から武士の支配へ-
3(歴史編3)会津葦名氏の時代 -戦乱、合戦とその興亡-
4(歴史編4)城下町の誕生 -会津近世の開幕-
5(歴史編5)会津藩政の始まり -保科正之から四代-
6(歴史編6)会津藩政の改革 -五代から八代まで
7(歴史編7)会津の幕末維新 -京都守護職から会津戦争-
8(歴史編8)会津近代の始まり -復興、そして若松市の誕生-
9(歴史編9)会津、大正から戦中へ-戦時下の市民生活-
10(歴史編10)会津、戦後から明日へ-戦後・平成・そして未来-
《自然編》
11(自然編1)会津花紀行 -大地に息づく豊かな自然-
12(自然編2)会津の生きもの -生命をはぐくむ小動物-
13(自然編3)会津の大地 -自然の生いたちと姿-
《文化編》
14(文化編1)会津のやきもの -須恵器から陶磁器まで-
15(文化編2)会津の文学 -万葉集から現代文学まで-
16(文化編3)会津の漆器 -挽く・塗る・描く・蒔く-
17(文化編4)会津の仏像 -仏都会津のみ仏たち-
18(文化編5)会津の人物 -生きる、風土に育む精神性-
19(文化編6)会津の史的風景-町、町並み、街道を歩く-
20-1(文化編7)会津の絵画と書-近世から現代まで-
20-2(文化編7)会津、刀剣の美-刀剣・刀装具-
《民俗編》
21(民俗編1)会津の民俗芸能 -歌と踊りと子供の遊び-
22(民俗編2)職人の世界 -暮らしと手仕事-
23(民俗編3)会津の年中行事 -季節の行事、日常生活-
24(民俗編4)会津の昔話と伝説 -語る、伝えたいあいづ-
25(民俗編5)人の一生と暮らし-人生儀礼・民間信仰-
揃えて会津の歴史を通観するもよし、興味がある分野の巻を手にとってみるのもよいでしょう。

地元の書店や物産販売所などに置いてありますが、ネット書店などでは扱っていないようなのが残念です。入手したい場合は下記に問い合わせされるといいでしょう。
《お問合せ先》
会津若松市役所秘書広聴課市史編さんグループ (日曜・月曜はお休み)
電話:0242-28-9611(直通)
FAX:0242-28-9613

なお、会津若松市HP内に内容を紹介しているページ(新しい巻は未掲載)があります。

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2009年4月 1日 (水)

慧日寺金堂再オープン

会津仏教文化発祥の地である磐梯町の慧日寺(えにちじ)は、復元された金堂が昨年4月から公開され(昨年の記事)、たくさんのお客様をお迎えしました。
冬季間は閉鎖されていましたが、このほど完成した中門と共に、今日(4月1日)から再公開です。(公開期間は12月25日まで、期間中無休)

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中門の完成で、当時の雰囲気がより感じられるようになったのではないでしょうか。

開館時間は午前9時~午後5時。入館料(磐梯山慧日寺資料館と共通入館券)は、一般・大学生500円、高校生400円、小中学生300円 です。

磐梯町ホームページ》に関連情報があります。

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